モーツァルト《ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545》はクラシック和声の教科書的作品で、特に第1楽章の終止部に ii → I⁶⁴(カデンツ6-4)→ V → I という典型的なカデンツ進行が現れる。クラシックでは ii 和音は「前属和音」としてドミナントへ導く役割を持ち、V→I の緊張と解決を強化する。したがって、クラシックにおいて「ii–V–I」は存在するが、ジャズのように循環進行として延々と繰り返されるのではなく、終止を確立するための定型として使われる点が大きな違いである。これに対し、ジャズの代表例《Autumn Leaves》では、ii–V–I が曲全体の骨格を形づくり、テンションや代理和音で響きを拡張しながら循環的に展開される。逆にジャズでクラシック的な I–IV–V–I に近い進行は《C Jam Blues》や《When the Saints Go Marching In》のようなトラディショナルやブルースで典型的に見られる。これらは I・IV・V の明快な三和音進行を基盤としつつ、実演ではテンションやターンアラウンドを加えて発展させるのが常套である。つまりクラシックは「緊張と解決の秩序化」、ジャズは「響きの色彩化と拡張性」を重視し、両者は進行自体は似ていても使われ方と美学が異なる。K.545 の終止部で聴ける ii–I⁶⁴–V–I は、クラシック的な枯葉進行の最も近い事例といえるだろう。