2026年2月6日金曜日

EAS/Veraxのアテステーションについて教えてください

 

EAS/Verax はどちらも「アテステーション(第三者が“この事実を見た/保証する”と表明するデータ)」を、再利用しやすい形で公開・検証できるようにするための基盤です。

アテステーションとは

  • 発行者(attester/issuer)が、対象(recipient:ウォレット等)について「○○である」と表明する“証明レコード”

  • 例:KYC済み、イベント参加、特定SBTの保有、職歴、レビュー、リスク判定など

  • 重要ポイント:トークン(資産)ではなく、主に“主張(claim)”の記録


EAS(Ethereum Attestation Service)の要点

EASは、アテステーションのためのスキーマ(schema)発行・検証の枠組みを提供します。

  • Schema(スキーマ):アテステーションの項目定義(フィールド構成)

  • On-chain / Off-chain:オンチェーン記録だけでなく、オフチェーン表明も扱える(設計上の選択肢がある)

  • Revocation(取り消し):無効化できる(オンチェーン/オフチェーン双方の取り消しに言及)

  • 実装面では JS/TS のSDK(eas-sdk)で、発行・取り消しなどを行うのが一般的


Verax(Verax Attestation Registry)の要点

Veraxは「共有の公開アテステーション・レジストリ」として、dAppが同じ場所に発行し、発見・合成しやすくする思想が強いです。

  • Schemas:スキーマは“設計図(blueprint)”として再利用可能

  • 単一インスタンス志向:ネットワークごとに1つを想定し、全dAppが同じ場所へ発行しやすくする

  • EAS互換:EASとの相互運用を意識した互換ガイドがある

  • “Portals”等で他規格との接続・拡張を語っている(エコシステム的な合成志向)


ざっくり比較(使い分けの観点)

  • EAS:エコシステムが大きく、「まずEAS基準で考える」と相互運用しやすい。スキーマ+発行+取り消しの基本部品が揃う。

  • Verax:**レジストリとしての“集約性/発見性/合成”**を強く打ち出し、かつ EAS互換で橋渡しを狙う。


実務での設計テンプレ

  1. スキーマ設計:何を証明するか(例:(bool kyc, uint64 level, uint64 issuedAt)

  2. 発行者の信用設計:誰が発行して良いか(運営、審査機関、コミュニティ等)

  3. 失効・更新:期限(expiration)や取り消し(revocation)をどう扱うか

  4. プライバシー:公開で困る値は「ハッシュ化」「参照ID化」「オフチェーン保管+オンチェーンは要約」などに寄せる(設計判断)

🖊️中原中也 vs 太宰治 昭和のモラハラ事変「桃の花デスマッチ」

 そういえば、太宰治、壇一雄とあたりかまわず文学の話をしていたとき、それらしい青年太宰治に、きみ、ちょっときくが、花はなにが好きかねと言った。桃の花と太宰治は答えた。桃の花か、それらしい青年は笑ったように思われた。うん、と太宰治は頷いたが、それから花を咲かせていた文学段談に身がはいらなくなった。 話していてもそれらしい青年の笑いが気になるのか、桃の花と答えた自分が恥ずかしくなったのか、酒もまずそうに飲んでいたが、いつとなく太宰治はいなくなってしまった。太宰治がいなくなった後、それらしい青年も立ってしまったのか、ぼくたちの話に加わったのか、まったく記憶にない。ぼくたちの話に加わったのなら、それらしい青年が中原中也であること。中原中也がどんな青年であったか、すこしは覚えているはずである。 森敦

この話檀一雄にもエッセイがあってもっとホラーな話になっている。モモノハナ、檀一雄で検索でおそらく全集に入っていると思うが詳細は不明。(小説太宰治というのに入ってた)

太宰が座談会で小林秀雄の悪口を言う気も起こらないと発言していて、間違いなくみなさん同年代で、前の世代のスターといえば芥川龍之介で、衰弱死したことからみないろいろな屈折をした上に戦争も起こる。

ポイントは檀一雄側では喧嘩沙汰になっているが森敦が大して覚えていないと言うことで、あいつ中原中也だったんだ、みたいな回想。

しかし花でマウンティングとる風習に何か名前をつけたい。花ハラとか

🖋昭和のブルース 酒・うた・男―わが放浪の記 (1957年) 淡谷 のり子 やべえ表紙と値段

 


アマゾンに勧められるままに買い。非常に精度の高い協調フィルタリングだが、同じ本を買った人にいつか会ってみたい。

淡谷先生といえば「歌は心」といってものまね王座決定戦とかで出てくる人という印象だが、戦中は非常に苦労されたらしい。そもそも戦前に声楽をめざしていたのもすごいが、その後の勝てば官軍系のはじけた戦後生活も読んでいてかなりつらい。昔ヴィーコの新しい学を検索しておすぎとピー子のピー子の自伝を偶然読んだことがあったが、彼ら双子のいわゆる酒と薔薇の日々とは違って、やるせなく無軌道に持て余している感じがものすごい。

そうして80年代がやってきてプラザ合意が起こり、バブルに向け生活様式も変わってきて、淡谷先生は淡谷先生と呼ばれるようになった。モーパッサンを読まなくても淡谷先生のこの自伝を読んでからものまね王座決定戦を見れば、芸事の厳しさというのが晩年に向けてトータルに分かる。

2026年2月5日木曜日

🖊️中里介山の大乗仏教

 

中里介山  あれからもう100年たつ

芥川龍之介は死ぬ前年の秋、佐々木味津三を招待して、中華料理を一緒に食べたことがある。いつになくジョウゼツで、話題はミステリーから大衆文学におよび、「興味中心の文学を樹立するのは大事業だ、ちっとも恥じることはない、百年後に文芸大事典を編纂する者があったら、現在活動中の純文学作家は一、二行しかふれられないかもしれないが、中里介山には数ページを費やすことにならんともかぎらない」と語った。

これも文学史の抜粋だが確認中。1927年 昭和2年の前年の秋ということになる。佐々木味津三は小説家で旗本退屈男の作者ということらしい。もう一本の右門捕物帖もめちゃくちゃ面白そうだ。激奨したのは芥川で、上記の引用も佐々木味津三のエッセイからの孫引きに違いがないが、佐々木味津三を見い出したのは菊池寛で、無理をさせたのも菊池寛かはわからないが、佐々木味津三は37歳で過労死している。そして今ほぼ冒頭の引用で芥川が語った100年後になろうとしているが、結果は介山も芥川も、ほとんど顧みられないということでいいか。

昭和の生臭坊主、今東光にいわすと、芥川一派とインディーズ中里にはただならぬ因縁がある。

 だけどその前にねえ、久保田万太郎と中里介山の決闘というのもあったんだよ。それはね、新国劇で介山の「大菩薩峠」をやった。そしたら、久保田万太郎が劇評でぼろくそにやったんだなあ。そのころは、久保田さん、あんな書生芝居のド素人の集まりで・・・って口汚く攻撃していた。中里介山なんて作家でもなんでもない。講談にもならないようなバカな「大菩薩峠」のようなものを、戯曲化して、しかも木戸銭取るなんて詐欺だとかなんとか書いた。そうしたら介山から、久保田万太郎のところへ左封じの決闘状が来たんです。久保田万太郎、気が小さいから震えちゃった。それで、あのでけえ腹抱えて、フウフウいいながら、どこへ飛んでったと思う?芥川龍之介のところだよ。そしたら芥川が、「きみ、これはやむをえん。男だから受けなくちゃいけない。潔く受けなさい。そのかわり介添は私が、今東光に頼みましょう。そしてあなたの骨披露のは今東光(笑)。負けたら、その場で中里介山を打ちとめてもらいましょう」って言った。ほんとだよ。それで、そのお使いに藤澤清造と岡栄一郎が来たんだよ。要するに、久保万は必ず負ける。だから、久保万がちょっとでも切られたら、おれが「勝負あった」と割って入り、それでも介山がやめないようなら、「卑怯なり」とかなんとか言って、介山をたたっ斬ってくれっていうんだ。むちゃな話だよな、ほんとに。でも、おれとしたら、引き受けざるをえないと思っていた。
 結局、これもまあ、久保田万太郎、弱いから刀を収めるとかなんとかにしちゃった。だけど中里介山の方は、実際に、刀抜いて飛び込んで行ったりね、三多摩の山の奥でピストルを撃ってたり、はなはだ穏やかでない、平気でやりかねねんだ。

今東光 昭和48年


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クリンゲルベルクの戦争ゲーム(Kriegsspiel)について教えてください

 クリンゲルベルクの戦争ゲームという言い方は、一般には

プロイセン軍で発展した「Kriegsspiel(クリークスシュピール)」
すなわち 19世紀の軍用ウォーゲームのことを指します。

ただし、厳密には「クリンゲルベルク」という人物が創始者ではなく、
中心人物は ライスヴィッツ(Reisswitz)父子です。
混同や表記ゆれで別名が出ることがあります。


概要(短く)

Kriegsspiel
**「地図の上で戦争を再現する軍用シミュレーション」**で、
現代のボードゲームや戦略ゲームの祖先です。

  • 時代:19世紀初頭(ナポレオン戦争後)

  • 国:プロイセン王国

  • 用途:将校の教育・戦術訓練


誕生の流れ

1. 原型(18世紀末)

  • チェス型の「戦争ゲーム」は存在していた

  • ただし抽象的で、現実の戦争とは違った

2. ライスヴィッツ父(1812年頃)

  • 地形模型を使った戦争シミュレーションを制作

  • 王族の娯楽・教育用

3. ライスヴィッツ子(1824年)

ここで革命が起きます。

本物の地図を使う現実的な戦争ゲームを開発。

特徴:

  • 実際の地形図

  • 部隊ごとの移動速度

  • 射撃距離

  • 損害計算

  • 審判(レフェリー)方式

これが現代ウォーゲームの原型です。


ゲームの仕組み

基本構造

  1. 大きな地図を机に広げる

  2. 部隊コマを配置

  3. プレイヤー(将校)が命令を書く

  4. 審判が結果を計算

  5. 戦況が更新される

特徴

  • 完全情報ではない

  • 視界外の敵は見えない

  • 命令伝達の遅れも再現

つまり
現実の戦争の不確実性を再現したゲームでした。


なぜ重要か

軍事史上の意味

Kriegsspielは単なる遊びではなく、

  • 参謀教育の中核

  • 作戦立案の訓練

  • 判断力の養成

に使われました。

その結果:

プロイセン軍は戦争準備の質で欧州最強になった
と言われています。

特に有名なのは:

  • 普仏戦争(1870年)

  • プロイセンの圧勝

この勝利の背景に
Kriegsspielによる参謀教育があったと評価されています。


現代への影響

Kriegsspielの思想はそのまま受け継がれています。

軍事

  • 現代の作戦シミュレーション

  • NATOの演習

  • コンピュータ戦略シミュレーション

ゲーム文化

  • ボードウォーゲーム

  • TRPG

  • リアルタイムストラテジー

  • 不完全情報ゲーム(人狼・Among Usなど)


本質的な発明

Kriegsspielの革新は次の3点です。

  1. 現実の地図を使う

  2. 数値ルールで結果を出す

  3. 審判が戦況を管理する

これは現在の

  • シミュレーション

  • 戦略ゲーム

  • AI戦術モデル

の基本構造と同じです。

🖊️小林秀雄が横光利一を批評したのを三島由紀夫が観る 昔は新鮮だったのにいつのまにか変わったとかいう古参ファンいるよなア 里見 永井荷風 新感覚派

 

小林秀雄と三島由紀夫の対談



三島 さっき横光さんの話が出ましたけども、小林さんが、「機械」をお褒めになって、そのあとで、もうダメだ、とおしゃったんで、横光さん、すっかりダメになっちゃったんですってね。
小林 ぼくはダメだなんて言わない。ただね、あたしア横光さんていう、人間が好きだったしね、立派な人なんでね、それが、あんな道をどんどんいくでしょ、あんまりつらい気がして、ついていけなくなっちゃったんだよ。ほんとはああいう才能じゃない才能が、そっちのほうへいっちゃうのが、ぼくはつらくてね、読んで行けなくなっちゃったんだ。それであのへんから読むのやめちゃった。だからあとは知りません。全然。いまだに読まないしね、知らないんです。
三島 才能を思い違いしないで、一つ所をグルグルまわっているのは、気の毒じゃありませんか。
小林 思い違いしないでって?
三島 たとえば、ハッキリ言っちゃえば、里見さんとか、永井荷風さんも、そういう傾向あると思うけど、ある所でキャッチした自分の才能の形を、こっちへいったら自分の才能に適さない、あっちへいったら適さない、だんだん狭くなりましょう?そこだけでオートマチックに動いている一生。
小林 でも、それはオートマチックなことじゃないんじゃない?
三島 ええ、本人はね。
小林 うん。だって、或る型の中でいろいろこまかくなるんだからね。

文学番長小林秀雄と三島由紀夫の対談。才能に殉死して当たり前と言うのが小林秀雄の考え方でこの力強さは親孝行から来ている。後輩の三島由紀夫は別のことが言いたいが、そもそもそれが小林秀雄にはなんの事だかさっぱりわからない。

小林秀雄がいいと言ってた横光利一の才能はこんな感じの文章。

お柳は客の浴室へ来るときは前からいつも、身体いっぱいに豊富な石鹸の泡を塗っていた。マッサージがすむと、主人は客の身体に石鹸を塗り始めた。――間もなく二人の首が、真面目な白い泡の中から浮き上るとお柳はいった。
「今夜はどちら。」
 甲谷は参木と逢わねばならぬことを考えた。
「参木が突堤で待ってるのだが、もう幾時です。」
「そうね、でも、抛ほっといたって、あの方こちらへいらっしゃるに違いないわ。それよりあなた、いつ頃シンガポールへお帰りになるの。」

https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/50899_42798.html

それが「機械」である日からガラリと変わる。

スクリーンショット 2020-10-24 17.08.04

なんだこれ。

横光利一といえば新感覚派だが、方法論もエッセイになっているし今は青空文庫になっていて読みやすい。たいへんにありがたいことだ。

即ち新感覚派の感覚的表徴とは、一言で云うと自然の外相を剥奪し、物自体に躍り込む主観の直感的触発物を云う。

例示もあるのでもっとわかりやすい。

未来派、立体派、表現派、ダダイズム、象徴派、構成派、如実派のある一部、これらは総て自分は新感覚派に属するものとして認めている。

色々あったが10年後のスタイルは元に戻っている

もう十四年も前のことである。家を建てるとき大工が土地をどこにしようかと相談に来た。特別どこが好きとも思いあたらなかったから、恰好(かっこう)なところを二三探して見てほしいと私は答えた。二三日してから大工がまた来て、下北沢(しもきたざわ)という所に一つあったからこれからそこを見に行こうという。北沢といえば前にたしか一度友人から、自分が家を建てるなら北沢へんにしたいと洩(も)らしたのを思い出し、急にそこを見たくなって私は大工と一緒にすぐ出かけた。

機械を絶賛した後に、一本調子で同じ表現を続けるのが嫌になったのか、だんだん元の形式に戻っていったのが嫌だったのかは置いといて、上海は洒脱で読んでみたい気もする。

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️✒️正宗白鳥 vs 志賀直哉 「いま全集買うなら志賀直哉だな」と正宗白鳥は言った

 ---- たくさんの人とお付き合いになって一番尊敬できる方は・・・

・。
正宗 一人もいない。(笑)まあ、内村鑑三は尊敬していた。今はそうじゃないけどね。
---- 近松秋江と岩野泡鳴と一番なかよくして、本人をよく知っておられるんじゃないですか。
正宗 岩野はいい人だが、秋江はいやだ。同郷で同じクラスだから話をすれば面白いが、人間としては嫌いだった。無責任だし、あいつと事を共にすべきじゃないと思っていた。けれども、書いたものはいいですよ。書いた物は認めてやったんだけど、やはりなんとなしに藤村だな。小説がうまいわけじゃない。下手ですよ。それやァ秋声のほうがうまいが、下手なところをねちねち執念深く世渡りを考えて、人間の生活の参考になるのは藤村だな。
----世渡りをあんまり考えるので藤村を嫌ってる人もいますね。
正宗 だから一方で藤村は非常に嫌われる。そういうところがあるよ。その批評は合ってる。それだから一方でまた面白いんだな。いま全集を買おうと思えば、ぼくは志賀直哉と永井荷風の全集を買う。それから鴎外の翻訳全集、二葉亭の翻訳全集、谷崎のはつまらん物が多い。晩年にかけてある種類の物はいいと思う。たとえば「春琴抄」「少将滋幹の母」がいいな。「八月十五夜」をこの間読んで非常に面白いと思った。昭和三十二年


白鳥なくなる五年前、文士を追うのは死人を追っているのと同義になる。白鳥の文学観が垣間見える。明治時代の雰囲気が垣間見えるし、三時代を生きて達者だった、すでに昭和がそういう時代になりつつある。

これも出典探し中だが、たぶんなんかの月報だったと思う。

戯作派と白鳥

いまではこういうくくりしなくなったが、シャボン玉ホリデーみたいなくくりで大正作家が座談会してて白鳥小林秀雄をくさしている。出典は太宰のぼろい全集だったが、手元になくなってしまったので、今度探しておく。

平野 坂口さん、白鳥はどうですか。
太宰 白鳥は徹頭徹尾嫌いですね。なんだいあれは・・・ジャーナリストですよ。あれはただ缶詰を並べているだけで・・・牛缶の味ですよ。
織田 小林秀雄というのは白鳥に頭があがらない。
坂口 しかし読物の面白さはもっている。僕そう思うね。
太宰 それを思想家だの何だのと言っているけれども、ちっとも僕は・・・。
坂口 一種の漫談家ですよ、徳川夢声と同じもので・・・しかし読物としての面白さはもっている。
太宰 文章はうまいからな。
坂口 僕は徳川夢声を好きだが、好きというのは読物として・・・徳川夢声、正宗白鳥、獅子文六、これは読ませる力をもっている。
太宰 村松梢風なんか・・『残菊物語』。
坂口 僕その三人は同じジャンルだと思う。これはしかしそう馬鹿にする必要はないだろう。それはそれでいいだろう。やはり一つの読物としての力をもっているということは・・・。
平野 あの手管はたいしたものだ。とにかく読ませる。
坂口 大したことでもないけれども、高座の円朝とか、浪花節の大家とかいうのと、それは君、同じものだよ。

徳川無声がわかんないが、今聞いたら誰でも死んでるから立派にうつるがなジャンルに貴賤はない