2025年9月21日日曜日

『投影された宇宙』は、1991年にマイケル・タルボットが著した一冊である。

 『投影された宇宙』は、1991年にマイケル・タルボットが著した一冊である。著者は本書において、当時最先端の量子物理学と脳科学、そしてスピリチュアリティを縦横に行き来しながら、世界の根源的構造が「ホログラム」である可能性を探求する。つまり、宇宙とは、物質的な実体ではなく、干渉パターンの中から浮かび上がる情報の再構成であり、現実は心と密接に関わる投影現象であるというのが、彼の提示する壮大な仮説である。

物語は、量子物理学者デヴィッド・ボームの「暗在秩序」の理論から始まる。彼によれば、我々の見ている世界は「顕在秩序」、すなわち可視的・測定可能な現象であり、その背後には、全てのものが非局所的に繋がった目に見えぬ「暗在秩序」が存在するという。ボームにとって、電子同士の相関や量子エンタングルメントは、個々の粒子ではなく、全体が一つのホログラフィックな統一体として振る舞っている証左だった。タルボットはこの視座を、単なる物理理論の枠にとどめず、意識や超常現象にまで拡張する。

そこに登場するもう一人のキーパーソンが、神経科学者カール・プリブラムである。彼は、脳が記憶を保存するメカニズムを探る中で、局所的な損傷では記憶が失われないという奇妙な現象に着目した。たとえば脳のある部分を切除しても、被験者の記憶全体が損なわれるわけではない。この事実は、脳が情報を局所的にではなく全体的に処理している、すなわちホログラムのような構造で情報を格納しているという仮説に彼を導いた。タルボットはボームの宇宙モデルとプリブラムの脳モデルを統合し、「宇宙そのものが巨大なホログラムであり、私たちの脳もまたそれをホログラフィックに解釈している」というビジョンを描き出す。

タルボットはこの枠組みを用いて、従来は「非科学的」とされてきた現象にも理論的な裏付けを与えようとする。テレパシー、予知夢、臨死体験、心霊現象、そして量子場との非局所的な相互作用。こうした現象は、もし宇宙がホログラフィックに構成されているなら、非物質的な要素、すなわち情報や波動が現実を形成する力として十分に存在しうると示唆される。たとえば、遠く離れた親子が同じ瞬間に同じ夢を見る、死にかけた患者が手術中に部屋全体を俯瞰する、というような逸話を、彼は単なる幻想ではなく、宇宙のホログラム性を示す断片として拾い上げてゆく。

また、スタニスラフ・グロフが提唱する変性意識状態、ジョン・C・リリーの感覚遮断タンク実験、そしてカール・ユングのシンクロニシティ(共時性)の理論なども紹介される。グロフは、LSDや呼吸法によって通常の意識状態を越えた体験を報告し、そこには自己と宇宙の一体化や、時間を超越する認識が含まれるという。これらは、ホログラム的な宇宙においては単なる幻覚ではなく、通常の五感では捉えきれない領域と接続した「拡張現実」として再解釈されうる。リリーの研究もまた、自己という存在が脳内に閉じ込められているのではなく、広大な情報フィールドの一部として存在することを示唆する。

そして、そうした概念の集積は、単なる知的興味ではなく、現実に対する理解の根底を揺るがす衝撃を読者にもたらす。もしこの世界が情報の干渉によって生まれたホログラムであるとしたら、私たちが日常的に信じている「物質的な現実」は、意識という投影装置が生み出した幻像に過ぎないかもしれない。そして、夢や幻想、直感や予感は、脳の誤作動などではなく、むしろ根源的な宇宙の「本来の姿」に近づく通路なのではないかとすら思えてくる。

『投影された宇宙』は、科学と精神世界の橋を渡しながら、現実そのものの輪郭を問い直す旅へと読者を誘う。登場する科学者たちは、必ずしもすべてが同じ立場を取っているわけではない。むしろ彼らの研究は、部分的でありながらも現代科学が見落としてきた断片を照らす役割を果たしている。タルボットの叙述は、彼らの成果を巧みに繋ぎ合わせ、まだ名づけられていない全体像の予感を読者に抱かせる。

それは、物質から情報へ、外的観察から内的直観へ、そして分離から全体性へと向かう、一種の知的転回でもある。そしてこの書は、その過程の最前線を描き出した、きわめて先見的なマニフェストである。