2025年8月24日日曜日

ウィリアム・S・バロウズのカットアップ技法

 

歴史的背景・起源

  • ダダからビートへ – カットアップは文学において第一次世界大戦後のダダに端を発し、トリスタン・ツァラが帽子から言葉を引く実験(1920年代)で試みられたja.wikipedia.org。その後、アンドレ・ブルトンらシュルレアリスムにも影響を与えつつ、1950年代に画家・作家のブライオン・ガイシンが新聞記事を切って並べ替える発見をし、『Minutes To Go』などで完成度を高めたja.wikipedia.org。アルゼンチンのフリオ・コルタサルも小説『レオナルドとアイネ・クルト』などでカットアップを利用しておりja.wikipedia.org、英米の前衛文学へと波及した。

  • ガイシンとバロウズ – 1959年、モロッコのタンジェでガイシンは偶然テーブル下の新聞が興味深い並びになったことから手法を確立し、ビート・ジェネレーションの拠点だったパリのビート・ホテルでウィリアム・バロウズに紹介したja.wikipedia.org。バロウズは以後、印刷物や録音にカットアップを適用し、「現在をカットすれば未来(の秘密)が漏れてくる」と語るなど、カットアップに秘められた新しい意味や予言性を探究したja.wikipedia.org

  • 第三の眼(The Third Mind) – 1977年にはバロウズとガイシンがエッセイ集『The Third Mind』を刊行し、カットアップ/フォールドイン技法の理論や実践例をまとめた。これらの発表により、バロウズは自身の独自理論として「言語はウイルスであり、テキストを再構築することで新たな現実が顕現する」と主張し、後の反文化運動や実験文学に大きな影響を与えたja.wikipedia.orgen.wikipedia.org

カットアップ技法の方法とプロセス

  • 紙面の切断と再配置 – 印刷済みの文章(新聞や本など)を物理的に切り刻み、それらを無作為に並べ替えて新しい文章を作る。バロウズは「ページを縦横に切り分け、4つのセクションを入れ替えれば新しいページができる」と説明しwriting.upenn.edu、実際に1枚の紙を十字に裁断して断片をシャッフルし、タイプライターで再構成していたja.wikipedia.orgwriting.upenn.edu。この手法により、意味のつながりが断片化され、偶然的・衝撃的な文が生まれる。

  • フォールドイン法 – 別々の2枚の文章をそれぞれ半分に折り、片方の半分ともう片方の半分を折り合わせて読む方法であるwriting.upenn.edukp4323w3255b5t267.hatenablog.com。バロウズは『第三の眼』で「片方のテキストのページを中央で折り、別のテキストの上に重ねる(fold-in)」と述べておりwriting.upenn.edu、この技法では切り貼りせずに折り合わせによって無関係の語句が奇妙に結びつき、新たな文脈が生まれるkp4323w3255b5t267.hatenablog.com

  • コラージュ的要素と偶然性 – カットアップは絵画でのモンタージュやフロッタージュと同様に、異質な要素をぶつけ合わせるコラージュ的手法の一種であるkp4323w3255b5t267.hatenablog.com。漆原正曉(山形浩生)によれば、「カットアップは紙を切り刻むことで偶然性を導入する乱暴な手法」でありkp4323w3255b5t267.hatenablog.com、カットされた文章は“言語上のカット&ペースト”とも呼ばれるkp4323w3255b5t267.hatenablog.com。ガイシン自身はこの手法を「超編集術」と評し、無意識やサブリミナルな情報がテキスト中に偶然に顕現する可能性を説いたkp4323w3255b5t267.hatenablog.com

バロウズ作品におけるカットアップの実例

  • 『ソフト・マシーン』(1961年) – バロウズの小説で、ノヴァ三部作の第一部。原書は「カットアップ技法を用いて組み立てられた」とされ、既存の原稿や『言語の倉庫』の断片を含めて切り貼りされたen.wikipedia.org。物語自体も覚醒剤中毒者の意識を散文的に断片化しており、言語の共有コードや支配構造を「破壊」することを狙った実験的スタイルとなっているen.wikipedia.org

  • 『ノヴァ急報』(Nova Express, 1964年) – 同三部作の第二部。本作ではバロウズとガイシンが開発した「フォールドイン」法(折り込み法)を用いて執筆したen.wikipedia.org。例えば、一枚の新聞ページを対角線に折り畳み、元々無関係な語句を隣接させて読ませることで、新奇なテキストが生成されている。作品は言語を使った支配(ノヴァ・モブによるマインドコントロール)をテーマにしており、バロウズはテキスト中に折りたたみ線を意識的に挿入している。

  • 『爆発する切符』(The Ticket That Exploded, 1962年) – 三部作の第三部で、バロウズはここでも折り込み法を多用したen.wikipedia.org。この作品では「言語は宇宙からのウイルス」というバロウズの思想が明確に描かれ、作中の登場人物が意図的にカットアップを実行する場面も登場するen.wikipedia.org。先行する2作や本作自身の断片が繰り返し再構成され、物語的連続性よりも偶発的・詩的なテクスチャーが重視されている。

  • その他の例 – バロウズは短編や詩集にも断片的手法を取り入れており、『裸のランチ』(1959年)自体は直線的手法だが、完成後に挿入や切断を受けて非連続的な構造となった経緯がある。実験文学としての三部作やエッセイ集『The Third Mind』ja.wikipedia.orgには、バロウズ自身による技法解説や実演例が含まれており、信頼できる資料となっている。

参考文献: 以上の内容は、ダダイズムからビート・ジェネレーションに至るカットアップ技法の流れや、バロウズ自身による技法解説writing.upenn.edukp4323w3255b5t267.hatenablog.com、『ソフト・マシーン』『ノヴァ急報』『爆発する切符』各訳書の解説および評論en.wikipedia.orgen.wikipedia.orgen.wikipedia.orgなどに基づいてまとめた。