吉本隆明の「指示表出/自己表出」理論は、近代思想におけるデカルト的座標構造を継承しながら、それを言語の運動体として再構成したものである。デカルトの世界では、主体と客体が直交する絶対的座標に配置され、観測者は外部から世界を測定する位置にあった。吉本の理論もまた、外界を指し示す「指示表出」と、内面を表す「自己表出」という二軸の交差で言語を把握する。この構造は一見静的な言語空間の地図に見えるが、実際には発話の強度や社会的位置によって軸そのものが揺らぐ動的な体系である。ここで注目すべきは、吉本の言語空間が、アインシュタインのローレンツ変換に類似した構造的変化を含んでいる点である。発話者の「速度」――社会的立場、情動の切実さ、語りのジャンル――が変化するごとに、自己表出と指示表出の交角が傾き、内面と外界の分離は崩れ、言語の時空が歪む。つまり吉本の理論は、発話行為そのものを観測の枠とみなし、言語を相対論的な場として捉えていたといえる。彼は数学的な形式を持たなかったが、言葉の社会的エネルギーが時空を変形させる直観を持っていた。結果として「言語の座標」は、もはや静止したデカルト平面ではなく、発話の速度によって傾くローレンツ的言語時空――内面と外界が融解しながら新しい共同性を生成する場――として立ち現れるのである。