起源と発展
概念の成立(20世紀後半)
財政学やマクロ経済学の分野で、財政の持続可能性を測る指標としてPBが使われ始めました。
IMF(国際通貨基金)やOECDなどの国際機関も、財政分析のためにPBを活用するようになりました。
最初に政策目標とした国(1980~90年代)
ラテンアメリカ諸国(1980年代後半~1990年代)
メキシコ、アルゼンチン、ブラジルなどの国々が、債務危機を受けてPB黒字化を目標にしました。
IMFの財政支援を受ける条件としてPB改善が求められるケースが多かったです。
欧州諸国(1990年代)
EU加盟国は、「マーストリヒト条約(1992年)」により、財政赤字をGDP比3%以内に抑えるルールを設けました。
これにより、PB黒字を維持する国が増えました。
日本(2000年代)
日本政府は2000年代以降、財政健全化目標としてPB黒字化を掲げました(特に2006年の「骨太の方針」)。
最初にPBを財政目標とした国
**1980年代のラテンアメリカ諸国(メキシコ、アルゼンチン、ブラジル)が、IMFの指導のもとでPB改善を意識した最初の国々とされています。
政策的に明確にPB黒字を目標としたのは、1990年代のEU加盟国(特にドイツ、フランス)**や、日本の2000年代の財政政策です。
PBの概念自体はそれ以前からありましたが、具体的な政策目標として重視され始めたのは、1980年代の債務危機後の途上国政策、1990年代のEUの財政規律、2000年代の日本の財政健全化の流れの中で発展していきました。
アメリカは考えないんですね
アメリカでもプライマリーバランス(PB)は財政分析の指標として使われていますが、他の国と比べて明確に「PB黒字化」を政策目標とした時期はほとんどありません。その理由はいくつかあります。
アメリカの財政とPBの扱い
赤字と財政規律の歴史
アメリカは歴史的に財政赤字を容認しやすい国であり、PB黒字化を重視する国とは異なる財政文化を持っています。
例えば、第二次世界大戦後から現在に至るまで、ほぼ一貫して財政赤字です。
「政府の赤字=民間の黒字」というケインズ的な考え方が根強く、PB黒字を追求すると景気後退を招くと考えられる傾向がある。
クリントン政権(1990年代)が唯一PB黒字を達成
1998年~2001年、クリントン政権時にPBが黒字化しました。
これは、**ITバブルによる税収増、国防費削減(冷戦終結後)、増税政策(1993年財政調整法)**が重なったため。
しかし、その後のブッシュ政権で減税・対テロ戦争の支出増により、すぐに赤字に戻りました。
政策目標としてPBを重視しない
アメリカは、EUや日本と違って、「PB黒字化」を政府の明確な目標とすることがほとんどありません。
例えば、日本やEUでは「PB黒字化をいつまでに達成する」といった目標が掲げられますが、アメリカでは財政赤字削減が議論されることはあっても、PB黒字化自体が目標になることは少ない。
これは、アメリカが「基軸通貨国(ドル)」であり、財政赤字があっても自国通貨で借金できるという強みがあるためです。
結論
アメリカもPBの概念を使っていますが、「PB黒字化」を積極的に追求したことはほぼなく、唯一の例外が1998~2001年のクリントン政権時代です。そのため、「PBを政策目標として掲げた国」という文脈では、アメリカはあまり取り上げられないのが実情です。