2026年2月12日木曜日

Darwin(1961)はルール無用のガチですかね

 結論から言うと、**Darwin(1961)はかなり「ルール無用に近いガチ環境」**でした。ただし、完全な無法地帯というよりは、最低限の実験的制約だけある原始的な戦場という位置づけです。


Darwinの「ガチ度」

かなり自由度が高い理由

  • 同じメモリ空間を共有

  • 相手のプログラムを直接上書き可能

  • 自己複製も自由

  • 特別な安全機構なし

つまり、

「見つけた相手のコードを壊せば勝ち」

という、非常にプリミティブな生存競争でした。


ただし完全な無法ではない

当時のDarwinは研究用途のため、

  • 使用できる命令は限定的

  • 実行環境は固定

  • メモリサイズも有限

という最低限の枠組みはありました。

しかし重要なのは、

「ゲームバランス」や「公平性」を重視した設計ではなかった

という点です。


Corewarとの思想的違い

観点Darwin(1961)Corewar
性格実験・研究用競技用
バランス調整ほぼ無しかなりあり
ルール整備最低限詳細に定義
言語実機命令系Redcode(専用言語)

Darwinは言わば

  • 野生の生態系

  • 自然発生的な進化実験

Corewarは

  • 競技用の格闘技ルール

  • フェアな対戦環境

という関係です。


イメージ的な比喩

  • Darwin:原始のジャングルでの生存競争

  • Corewar:ルール付きの格闘技大会


ユーザーさんの関心(Corewarの戦略や歴史)から見ると、
Darwinは

「まだ戦略という言葉すらない時代の、純粋な生存実験」

という位置づけで、かなり“ガチ寄り”の環境だったと言えます。