2025年12月13日土曜日

ガスの毒性

 

1. 「石炭ガス(タウンガス)」の時代:強い毒性をもつ都市ガス

① 戦前〜戦後直後:CO を多く含む「石炭ガス」

  • 日本の都市ガスは明治〜昭和中期まで、
    石炭やナフサを熱分解してつくる「石炭ガス(タウンガス)」 が主流でした。JSTAGE+1

  • このガスは、成分として

    • 一酸化炭素(CO)

    • 水素(H₂)

    • メタン(CH₄)

    • 二酸化炭素(CO₂)
      などを含みますが、COが高濃度で含まれることが特徴です。

  • 一般的な石炭ガス・合成ガスでは、
    CO が数十%レベルを占めることもあるとされます。netl.doe.gov

この CO が致命的で、

少量でも長時間吸えば致死的
しかも無色・無臭に近い

という意味で、きわめて「毒性の強いインフラ」でした。


2. 太宰治の時代(1910〜40年代)とガス

② 1930〜40年代:家庭に「危険なインフラ」が入り込む

  • 太宰治(1909–1948)が活動した昭和初期〜戦後直後、
    都市部の家庭では、料理や風呂用のガス=石炭系タウンガスが広く使われるようになります。

  • しかし当時は

    • CO 警報器のような安全装置はほぼ普及しておらず

    • ガス器具も現在ほど自動遮断機能が整っていない
      状態でした。

③ 自殺手段としての「ガス」の位置づけ

  • 国際的な疫学研究でも、日本を含む各国で
    「石炭ガス(COを含む家庭用ガス)」が自殺手段として多用されたことが指摘されています。Cambridge University Press & Assessment

  • 日本についても、1970年代以前の家庭用ガスはナフサ・石炭由来で有毒であり、それが自殺や事故死に直結していたと分析されています。Cambridge University Press & Assessment

太宰自身の最終的な死はご存じの通り**玉川上水での入水(1948年)**ですが、戦前・戦中期の都市生活者にとって、

  • 「ガス自殺」は

    • 比較的身近で

    • 家庭内で完結し

    • 目立ちにくい手段

として認識されていたと考えられます。
太宰が暮らした都市空間そのものが、そうした**「毒性を内包した生活基盤」**の上にあった、というイメージです。


3. 川端康成の時代(戦後〜1972年)とガス

④ 戦後〜1960年代:依然として「有毒な家庭用ガス」の時代

  • 川端康成(1899–1972)は、戦前から活動しつつも、
    戦後〜高度成長期にかけて「石炭・ナフサ系ガス」から「天然ガス」への移行期を生きた世代です。

  • 1960年代末まで、日本の都市ガスは

    • 石炭ガス

    • ナフサ改質ガス
      など CO を多く含むタイプが主流 でした。tokyo-gas.co.jp+1

その中で、川端は
**1972年、ガス吸入による死亡(自殺とみなされることが多い)**という形で亡くなります。The Rumpus+3Wikipedia+3EBSCO+3

このとき彼が使用したガスも、
CO を含む「旧来型の都市ガス(タウンガス)」であった可能性が高いと考えられます。

⑤ 1970年代:ガスの「脱・毒性」へ

  • ちょうどこの頃から日本では、
    都市ガスの「脱・毒性」=CO の削減 が一気に進みます。

  • きっかけの一つが、

  • 天然ガス(メタン主体)は、

    • 可燃性はあるものの CO をほとんど含まず、

    • 不完全燃焼しない限り CO 中毒のリスクは大幅に低い
      ため、「毒性インフラ」としての都市ガスの性格を弱める方向に働きました。

⑥ CO 減少とともに「ガス自殺」が減る

  • 自殺・事故の統計研究では、

    • 1970年代以降、日本の家庭用ガス中の CO が減少したことに伴い、
      「ガス吸入による自殺・事故死」が劇的に減った
      ことが示されています。Cambridge University Press & Assessment

  • つまり、川端が亡くなった 1972年前後は、

    • まだ 「有毒な石炭ガス期の終わりかけ」 に位置しており、

    • その後 10〜20年かけて、
      都市ガスは 「毒性の高いインフラ」から、相対的に安全なエネルギーインフラへと変わっていく
      という過渡期だったわけです。


4. 二人を「ガスの毒性」の時系列で見ると

ざっくりまとめると、

  1. 太宰の時代(〜1948年)

    • 石炭・ナフサ由来ガス全盛期

    • CO を豊富に含み、
      事故・自殺どちらにとっても極めて致死性が高い

    • 安全装置は乏しく、毒性は「生活に埋め込まれたまま」

  2. 川端晩年(1960〜70年代初頭)

    • 依然として CO 含有ガスが家庭に供給されているが、
      公害問題・エネルギー転換の中で、天然ガス化への準備が進む

    • 1969年の LNG 輸入開始を境に、
      都市ガスの**「脱・毒性」への本格的な移行が始まる**

  3. 1970年代半ば以降

    • 都市ガス中の CO 削減が進み、
      ガス吸入による自殺・事故死が統計的にも大きく減少

    • 「毒性インフラとしての都市ガス」は、
      社会全体から徐々に退場していく


川端と太宰を「ガスの毒性の時系列」に並べると、

  • 太宰は 「有毒ガス時代のど真ん中」 を生き、

  • 川端は 「有毒ガス時代の出口」で亡くなり、すぐ後からインフラ自体が“デトックス”されていく

という、象徴的な位置にいるとも読めます。