1. 「石炭ガス(タウンガス)」の時代:強い毒性をもつ都市ガス
① 戦前〜戦後直後:CO を多く含む「石炭ガス」
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日本の都市ガスは明治〜昭和中期まで、
石炭やナフサを熱分解してつくる「石炭ガス(タウンガス)」 が主流でした。JSTAGE+1 -
このガスは、成分として
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一酸化炭素(CO)
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水素(H₂)
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メタン(CH₄)
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二酸化炭素(CO₂)
などを含みますが、COが高濃度で含まれることが特徴です。
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一般的な石炭ガス・合成ガスでは、
CO が数十%レベルを占めることもあるとされます。netl.doe.gov
この CO が致命的で、
少量でも長時間吸えば致死的
しかも無色・無臭に近い
という意味で、きわめて「毒性の強いインフラ」でした。
2. 太宰治の時代(1910〜40年代)とガス
② 1930〜40年代:家庭に「危険なインフラ」が入り込む
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太宰治(1909–1948)が活動した昭和初期〜戦後直後、
都市部の家庭では、料理や風呂用のガス=石炭系タウンガスが広く使われるようになります。 -
しかし当時は
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CO 警報器のような安全装置はほぼ普及しておらず
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ガス器具も現在ほど自動遮断機能が整っていない
状態でした。
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③ 自殺手段としての「ガス」の位置づけ
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国際的な疫学研究でも、日本を含む各国で
「石炭ガス(COを含む家庭用ガス)」が自殺手段として多用されたことが指摘されています。Cambridge University Press & Assessment -
日本についても、1970年代以前の家庭用ガスはナフサ・石炭由来で有毒であり、それが自殺や事故死に直結していたと分析されています。Cambridge University Press & Assessment
太宰自身の最終的な死はご存じの通り**玉川上水での入水(1948年)**ですが、戦前・戦中期の都市生活者にとって、
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「ガス自殺」は
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比較的身近で
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家庭内で完結し
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目立ちにくい手段
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として認識されていたと考えられます。
太宰が暮らした都市空間そのものが、そうした**「毒性を内包した生活基盤」**の上にあった、というイメージです。
3. 川端康成の時代(戦後〜1972年)とガス
④ 戦後〜1960年代:依然として「有毒な家庭用ガス」の時代
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川端康成(1899–1972)は、戦前から活動しつつも、
戦後〜高度成長期にかけて「石炭・ナフサ系ガス」から「天然ガス」への移行期を生きた世代です。 -
1960年代末まで、日本の都市ガスは
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石炭ガス
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ナフサ改質ガス
など CO を多く含むタイプが主流 でした。tokyo-gas.co.jp+1
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その中で、川端は
**1972年、ガス吸入による死亡(自殺とみなされることが多い)**という形で亡くなります。The Rumpus+3Wikipedia+3EBSCO+3
このとき彼が使用したガスも、
CO を含む「旧来型の都市ガス(タウンガス)」であった可能性が高いと考えられます。
⑤ 1970年代:ガスの「脱・毒性」へ
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ちょうどこの頃から日本では、
都市ガスの「脱・毒性」=CO の削減 が一気に進みます。 -
きっかけの一つが、
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1969年:東京ガスが日本初の LNG(液化天然ガス)輸入を開始し、
都市ガス原料を石炭・ナフサから天然ガスへ切り替え始める。tokyo-gas.co.jp+2Sustainable Japan by The Japan Times+2
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天然ガス(メタン主体)は、
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可燃性はあるものの CO をほとんど含まず、
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不完全燃焼しない限り CO 中毒のリスクは大幅に低い
ため、「毒性インフラ」としての都市ガスの性格を弱める方向に働きました。
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⑥ CO 減少とともに「ガス自殺」が減る
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自殺・事故の統計研究では、
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1970年代以降、日本の家庭用ガス中の CO が減少したことに伴い、
「ガス吸入による自殺・事故死」が劇的に減ったことが示されています。Cambridge University Press & Assessment
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つまり、川端が亡くなった 1972年前後は、
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まだ 「有毒な石炭ガス期の終わりかけ」 に位置しており、
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その後 10〜20年かけて、
都市ガスは 「毒性の高いインフラ」から、相対的に安全なエネルギーインフラへと変わっていく
という過渡期だったわけです。
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4. 二人を「ガスの毒性」の時系列で見ると
ざっくりまとめると、
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太宰の時代(〜1948年)
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石炭・ナフサ由来ガス全盛期
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CO を豊富に含み、
事故・自殺どちらにとっても極めて致死性が高い -
安全装置は乏しく、毒性は「生活に埋め込まれたまま」
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川端晩年(1960〜70年代初頭)
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依然として CO 含有ガスが家庭に供給されているが、
公害問題・エネルギー転換の中で、天然ガス化への準備が進む -
1969年の LNG 輸入開始を境に、
都市ガスの**「脱・毒性」への本格的な移行が始まる**
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1970年代半ば以降
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都市ガス中の CO 削減が進み、
ガス吸入による自殺・事故死が統計的にも大きく減少 -
「毒性インフラとしての都市ガス」は、
社会全体から徐々に退場していく
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川端と太宰を「ガスの毒性の時系列」に並べると、
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太宰は 「有毒ガス時代のど真ん中」 を生き、
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川端は 「有毒ガス時代の出口」で亡くなり、すぐ後からインフラ自体が“デトックス”されていく
という、象徴的な位置にいるとも読めます。