はい、為替介入でした。ただしアメリカ単独ではなく、協調介入です。
**プラザ合意(1985年)**は、
アメリカの貿易赤字是正を目的に、ドル高を是正するための協調為替介入を各国で合意したものです。
主導:アメリカ
参加:G5(アメリカ・日本・西ドイツ・フランス・イギリス)
内容:各国がドル売り・自国通貨買いを実施
結果:急激なドル安・円高
つまり、アメリカの政策目的に沿った国際的な為替介入でした。
その後何が起きましたか?
① 急激な円高(1985–86)
**プラザ合意**後、円は 1ドル240円台 → 120円台へ。
輸出企業の採算が急悪化。
② 日本の金融緩和(86–87)
景気下支えのため、日銀が低金利政策を継続。
資金が株・不動産へ流入。
③ バブル形成(87–90)
資産価格の急騰(地価・株価)。実体経済とかい離が拡大。
④ 調整失敗と崩壊(90–)
引き締め転換が遅れ、バブル崩壊。
長期停滞(いわゆる「失われた時代」)へ。
⑤ 国際的な修正(1987)
行き過ぎたドル安を止めるため
**ルーブル合意**で為替安定に転換。
要点:
プラザ合意 → 円高ショック → 金融緩和 → 資産バブル → 崩壊、という連鎖です。