アンチパターン3
式の両辺の単位・次元を見ないで、勝手に置き換えて解釈してしまう
(イリガライの E = mc² をめぐる読み替えから抽出)
1. まず物理式としての前提をはっきりさせる
有名な式 E = mc2 は、次の量の関係を表します。
- E:エネルギー(単位 J:ジュール)
- m:質量(単位 kg)
- c:光の速度(単位 m/s)
左右の単位を確認すると、 kg × (m/s)2 = kg·m2/s2 = J となり、両辺の次元はそろっています。 ここで重要なのは、 E, m, c は実測に裏づけられた物理量であり、 単位と次元が一致するように選ばれているという点です。
2. c を「別の速度」に入れ替える前に確認すべきこと
もし c の代わりに別の速度 v を入れて E' = mv2 のような形を考えるなら、 次の点を確認する必要があります。
- その式はどの理論から導かれているか(相対論か、古典力学か)
- どの状況で近似的にでも成り立つのか(低速極限か、高速か)
- 実際の観測値と整合するか(桁違いの値になっていないか)
単に「速度だから入れ替えられる」と考えてしまうと、 式が本来説明している現象(静止エネルギー)と、 別の現象(古典的運動エネルギー)を混同することになります。
3. メタファーや価値づけは物理式とは別レイヤーに置く
「光速 c が特権化されている」「流体の速度は軽視されてきた」といった議論は、 物理式そのものではなく、 研究テーマの選択・歴史的評価・制度の問題として扱う方が整合的です。
つまり、
- 物理式のレイヤー:E = mc2 がどの現象をどの精度で説明するか
- メタ・社会的レイヤー:どの分野がどのように評価されてきたか
を分けて記述し、 「式そのもの」には価値ラベルを貼らず、 「誰が何を研究してきたか」の側でジェンダーや権力を分析する方が、 型の一貫性を保てます。
4. アンチパターンとの対比
アンチパターンでは、
- 両辺の単位・次元を確認しないまま、c を別の速度に入れ替える
- 式が導かれた理論や前提条件に触れず、「特権化」「象徴性」を読み込む
- 物理的説明と社会的・象徴的説明のレイヤーが混在する
その結果、 計算が指しているものと、テキストが語っているものがずれたまま接続される という状態になります。
5. 型をそろえた修正例
同じテーマを扱うとして、次のようにレイヤーを分けて書き換えることができます。
5-1. 物理レベルの記述
まず、純粋に物理としての式と計算を明示します。
- 質量 m = 1 [kg]
- 光速 c ≈ 3.0 × 108 [m/s]
このとき静止エネルギーは E = mc2 ≈ 9.0 × 1016 [J] となります。 ここまでは、価値判断やメタファーを入れず、 「何をどの単位で計算しているか」だけを書く段階です。
5-2. 解釈レベルを写像として書く
次に、「このエネルギーをどう意味づけるか」を、 別の写像として表します。
- 物理量の集合: Q = { E, m, c, … }
- ディスクール上の意味の集合: D = { 集中した潜在性, 拡散性, 静性, 動性, … }
- 解釈写像: h : Q → D
例えば、 h(E) = 集中した潜在性、 h(c) = 普遍的な上限速度 のように定めれば、 「E をこう読む」「c をこう読む」という解釈は E = mc2 とは別のレイヤーで記述できます。 ここで重要なのは、 E 自体と「集中した潜在性」は等号で結ばないことです。 あくまで h を通じて対応づけるだけにとどめます。
5-3. ジェンダーや権力の分析を置く場所
「なぜ c が物理学で中心的な役割をもっているのか」を問いたいなら、 それは
- 理論的理由(ローレンツ対称性、不変速度であること)
- 歴史的理由(どの実験が c の重要性を示してきたか)
- 制度的理由(どの分野に資金や名声が集まってきたか)
といった複数のレイヤーに分解できます。 そのうえで、 「制度的理由」の部分にジェンダーや権力の分析を置くようにすると、 物理式そのものの型を壊さずに、社会批判の議論を展開できます。
この修正例では、 計算(E = mc2)と解釈(h, 社会分析)のレイヤーを分離し、 それぞれに固有の型と手続きを与えることで、 「式の両辺の単位・次元を見ないで、勝手に置き換えて解釈してしまう」 というアンチパターンを避けています。