2026年2月5日木曜日

🖊️中里介山の大乗仏教

 

中里介山  あれからもう100年たつ

芥川龍之介は死ぬ前年の秋、佐々木味津三を招待して、中華料理を一緒に食べたことがある。いつになくジョウゼツで、話題はミステリーから大衆文学におよび、「興味中心の文学を樹立するのは大事業だ、ちっとも恥じることはない、百年後に文芸大事典を編纂する者があったら、現在活動中の純文学作家は一、二行しかふれられないかもしれないが、中里介山には数ページを費やすことにならんともかぎらない」と語った。

これも文学史の抜粋だが確認中。1927年 昭和2年の前年の秋ということになる。佐々木味津三は小説家で旗本退屈男の作者ということらしい。もう一本の右門捕物帖もめちゃくちゃ面白そうだ。激奨したのは芥川で、上記の引用も佐々木味津三のエッセイからの孫引きに違いがないが、佐々木味津三を見い出したのは菊池寛で、無理をさせたのも菊池寛かはわからないが、佐々木味津三は37歳で過労死している。そして今ほぼ冒頭の引用で芥川が語った100年後になろうとしているが、結果は介山も芥川も、ほとんど顧みられないということでいいか。

昭和の生臭坊主、今東光にいわすと、芥川一派とインディーズ中里にはただならぬ因縁がある。

 だけどその前にねえ、久保田万太郎と中里介山の決闘というのもあったんだよ。それはね、新国劇で介山の「大菩薩峠」をやった。そしたら、久保田万太郎が劇評でぼろくそにやったんだなあ。そのころは、久保田さん、あんな書生芝居のド素人の集まりで・・・って口汚く攻撃していた。中里介山なんて作家でもなんでもない。講談にもならないようなバカな「大菩薩峠」のようなものを、戯曲化して、しかも木戸銭取るなんて詐欺だとかなんとか書いた。そうしたら介山から、久保田万太郎のところへ左封じの決闘状が来たんです。久保田万太郎、気が小さいから震えちゃった。それで、あのでけえ腹抱えて、フウフウいいながら、どこへ飛んでったと思う?芥川龍之介のところだよ。そしたら芥川が、「きみ、これはやむをえん。男だから受けなくちゃいけない。潔く受けなさい。そのかわり介添は私が、今東光に頼みましょう。そしてあなたの骨披露のは今東光(笑)。負けたら、その場で中里介山を打ちとめてもらいましょう」って言った。ほんとだよ。それで、そのお使いに藤澤清造と岡栄一郎が来たんだよ。要するに、久保万は必ず負ける。だから、久保万がちょっとでも切られたら、おれが「勝負あった」と割って入り、それでも介山がやめないようなら、「卑怯なり」とかなんとか言って、介山をたたっ斬ってくれっていうんだ。むちゃな話だよな、ほんとに。でも、おれとしたら、引き受けざるをえないと思っていた。
 結局、これもまあ、久保田万太郎、弱いから刀を収めるとかなんとかにしちゃった。だけど中里介山の方は、実際に、刀抜いて飛び込んで行ったりね、三多摩の山の奥でピストルを撃ってたり、はなはだ穏やかでない、平気でやりかねねんだ。

今東光 昭和48年


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クリンゲルベルクの戦争ゲーム(Kriegsspiel)について教えてください

 クリンゲルベルクの戦争ゲームという言い方は、一般には

プロイセン軍で発展した「Kriegsspiel(クリークスシュピール)」
すなわち 19世紀の軍用ウォーゲームのことを指します。

ただし、厳密には「クリンゲルベルク」という人物が創始者ではなく、
中心人物は ライスヴィッツ(Reisswitz)父子です。
混同や表記ゆれで別名が出ることがあります。


概要(短く)

Kriegsspiel
**「地図の上で戦争を再現する軍用シミュレーション」**で、
現代のボードゲームや戦略ゲームの祖先です。

  • 時代:19世紀初頭(ナポレオン戦争後)

  • 国:プロイセン王国

  • 用途:将校の教育・戦術訓練


誕生の流れ

1. 原型(18世紀末)

  • チェス型の「戦争ゲーム」は存在していた

  • ただし抽象的で、現実の戦争とは違った

2. ライスヴィッツ父(1812年頃)

  • 地形模型を使った戦争シミュレーションを制作

  • 王族の娯楽・教育用

3. ライスヴィッツ子(1824年)

ここで革命が起きます。

本物の地図を使う現実的な戦争ゲームを開発。

特徴:

  • 実際の地形図

  • 部隊ごとの移動速度

  • 射撃距離

  • 損害計算

  • 審判(レフェリー)方式

これが現代ウォーゲームの原型です。


ゲームの仕組み

基本構造

  1. 大きな地図を机に広げる

  2. 部隊コマを配置

  3. プレイヤー(将校)が命令を書く

  4. 審判が結果を計算

  5. 戦況が更新される

特徴

  • 完全情報ではない

  • 視界外の敵は見えない

  • 命令伝達の遅れも再現

つまり
現実の戦争の不確実性を再現したゲームでした。


なぜ重要か

軍事史上の意味

Kriegsspielは単なる遊びではなく、

  • 参謀教育の中核

  • 作戦立案の訓練

  • 判断力の養成

に使われました。

その結果:

プロイセン軍は戦争準備の質で欧州最強になった
と言われています。

特に有名なのは:

  • 普仏戦争(1870年)

  • プロイセンの圧勝

この勝利の背景に
Kriegsspielによる参謀教育があったと評価されています。


現代への影響

Kriegsspielの思想はそのまま受け継がれています。

軍事

  • 現代の作戦シミュレーション

  • NATOの演習

  • コンピュータ戦略シミュレーション

ゲーム文化

  • ボードウォーゲーム

  • TRPG

  • リアルタイムストラテジー

  • 不完全情報ゲーム(人狼・Among Usなど)


本質的な発明

Kriegsspielの革新は次の3点です。

  1. 現実の地図を使う

  2. 数値ルールで結果を出す

  3. 審判が戦況を管理する

これは現在の

  • シミュレーション

  • 戦略ゲーム

  • AI戦術モデル

の基本構造と同じです。

🖊️小林秀雄が横光利一を批評したのを三島由紀夫が観る 昔は新鮮だったのにいつのまにか変わったとかいう古参ファンいるよなア 里見 永井荷風 新感覚派

 

小林秀雄と三島由紀夫の対談



三島 さっき横光さんの話が出ましたけども、小林さんが、「機械」をお褒めになって、そのあとで、もうダメだ、とおしゃったんで、横光さん、すっかりダメになっちゃったんですってね。
小林 ぼくはダメだなんて言わない。ただね、あたしア横光さんていう、人間が好きだったしね、立派な人なんでね、それが、あんな道をどんどんいくでしょ、あんまりつらい気がして、ついていけなくなっちゃったんだよ。ほんとはああいう才能じゃない才能が、そっちのほうへいっちゃうのが、ぼくはつらくてね、読んで行けなくなっちゃったんだ。それであのへんから読むのやめちゃった。だからあとは知りません。全然。いまだに読まないしね、知らないんです。
三島 才能を思い違いしないで、一つ所をグルグルまわっているのは、気の毒じゃありませんか。
小林 思い違いしないでって?
三島 たとえば、ハッキリ言っちゃえば、里見さんとか、永井荷風さんも、そういう傾向あると思うけど、ある所でキャッチした自分の才能の形を、こっちへいったら自分の才能に適さない、あっちへいったら適さない、だんだん狭くなりましょう?そこだけでオートマチックに動いている一生。
小林 でも、それはオートマチックなことじゃないんじゃない?
三島 ええ、本人はね。
小林 うん。だって、或る型の中でいろいろこまかくなるんだからね。

文学番長小林秀雄と三島由紀夫の対談。才能に殉死して当たり前と言うのが小林秀雄の考え方でこの力強さは親孝行から来ている。後輩の三島由紀夫は別のことが言いたいが、そもそもそれが小林秀雄にはなんの事だかさっぱりわからない。

小林秀雄がいいと言ってた横光利一の才能はこんな感じの文章。

お柳は客の浴室へ来るときは前からいつも、身体いっぱいに豊富な石鹸の泡を塗っていた。マッサージがすむと、主人は客の身体に石鹸を塗り始めた。――間もなく二人の首が、真面目な白い泡の中から浮き上るとお柳はいった。
「今夜はどちら。」
 甲谷は参木と逢わねばならぬことを考えた。
「参木が突堤で待ってるのだが、もう幾時です。」
「そうね、でも、抛ほっといたって、あの方こちらへいらっしゃるに違いないわ。それよりあなた、いつ頃シンガポールへお帰りになるの。」

https://www.aozora.gr.jp/cards/000168/files/50899_42798.html

それが「機械」である日からガラリと変わる。

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なんだこれ。

横光利一といえば新感覚派だが、方法論もエッセイになっているし今は青空文庫になっていて読みやすい。たいへんにありがたいことだ。

即ち新感覚派の感覚的表徴とは、一言で云うと自然の外相を剥奪し、物自体に躍り込む主観の直感的触発物を云う。

例示もあるのでもっとわかりやすい。

未来派、立体派、表現派、ダダイズム、象徴派、構成派、如実派のある一部、これらは総て自分は新感覚派に属するものとして認めている。

色々あったが10年後のスタイルは元に戻っている

もう十四年も前のことである。家を建てるとき大工が土地をどこにしようかと相談に来た。特別どこが好きとも思いあたらなかったから、恰好(かっこう)なところを二三探して見てほしいと私は答えた。二三日してから大工がまた来て、下北沢(しもきたざわ)という所に一つあったからこれからそこを見に行こうという。北沢といえば前にたしか一度友人から、自分が家を建てるなら北沢へんにしたいと洩(も)らしたのを思い出し、急にそこを見たくなって私は大工と一緒にすぐ出かけた。

機械を絶賛した後に、一本調子で同じ表現を続けるのが嫌になったのか、だんだん元の形式に戻っていったのが嫌だったのかは置いといて、上海は洒脱で読んでみたい気もする。

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️✒️正宗白鳥 vs 志賀直哉 「いま全集買うなら志賀直哉だな」と正宗白鳥は言った

 ---- たくさんの人とお付き合いになって一番尊敬できる方は・・・

・。
正宗 一人もいない。(笑)まあ、内村鑑三は尊敬していた。今はそうじゃないけどね。
---- 近松秋江と岩野泡鳴と一番なかよくして、本人をよく知っておられるんじゃないですか。
正宗 岩野はいい人だが、秋江はいやだ。同郷で同じクラスだから話をすれば面白いが、人間としては嫌いだった。無責任だし、あいつと事を共にすべきじゃないと思っていた。けれども、書いたものはいいですよ。書いた物は認めてやったんだけど、やはりなんとなしに藤村だな。小説がうまいわけじゃない。下手ですよ。それやァ秋声のほうがうまいが、下手なところをねちねち執念深く世渡りを考えて、人間の生活の参考になるのは藤村だな。
----世渡りをあんまり考えるので藤村を嫌ってる人もいますね。
正宗 だから一方で藤村は非常に嫌われる。そういうところがあるよ。その批評は合ってる。それだから一方でまた面白いんだな。いま全集を買おうと思えば、ぼくは志賀直哉と永井荷風の全集を買う。それから鴎外の翻訳全集、二葉亭の翻訳全集、谷崎のはつまらん物が多い。晩年にかけてある種類の物はいいと思う。たとえば「春琴抄」「少将滋幹の母」がいいな。「八月十五夜」をこの間読んで非常に面白いと思った。昭和三十二年


白鳥なくなる五年前、文士を追うのは死人を追っているのと同義になる。白鳥の文学観が垣間見える。明治時代の雰囲気が垣間見えるし、三時代を生きて達者だった、すでに昭和がそういう時代になりつつある。

これも出典探し中だが、たぶんなんかの月報だったと思う。

戯作派と白鳥

いまではこういうくくりしなくなったが、シャボン玉ホリデーみたいなくくりで大正作家が座談会してて白鳥小林秀雄をくさしている。出典は太宰のぼろい全集だったが、手元になくなってしまったので、今度探しておく。

平野 坂口さん、白鳥はどうですか。
太宰 白鳥は徹頭徹尾嫌いですね。なんだいあれは・・・ジャーナリストですよ。あれはただ缶詰を並べているだけで・・・牛缶の味ですよ。
織田 小林秀雄というのは白鳥に頭があがらない。
坂口 しかし読物の面白さはもっている。僕そう思うね。
太宰 それを思想家だの何だのと言っているけれども、ちっとも僕は・・・。
坂口 一種の漫談家ですよ、徳川夢声と同じもので・・・しかし読物としての面白さはもっている。
太宰 文章はうまいからな。
坂口 僕は徳川夢声を好きだが、好きというのは読物として・・・徳川夢声、正宗白鳥、獅子文六、これは読ませる力をもっている。
太宰 村松梢風なんか・・『残菊物語』。
坂口 僕その三人は同じジャンルだと思う。これはしかしそう馬鹿にする必要はないだろう。それはそれでいいだろう。やはり一つの読物としての力をもっているということは・・・。
平野 あの手管はたいしたものだ。とにかく読ませる。
坂口 大したことでもないけれども、高座の円朝とか、浪花節の大家とかいうのと、それは君、同じものだよ。

徳川無声がわかんないが、今聞いたら誰でも死んでるから立派にうつるがなジャンルに貴賤はない

2026年2月4日水曜日

『どん底の人々』(原題:The People of the Abyss)は、アメリカの作家ジャック・ロンドンが1903年に発表したノンフィクション作品です

 「だけど、無茶なのは承知のうえだろ?」ロンドンのイーストエンドに身を沈めようとした私は、友人たちに助けを求めていた。「警察に相談した方がいい」と彼らは言ったが、よくよく考えてみると、頭脳より資質がまさっている狂人の、たぐいまれなるプロセスとやらに自らを合わせようと、腐心してくれていただけだったのかもしれない。

「だが、警察に会うのはいやなのさ」私は抗議した。「イーストエンドに行って、自分の目で確かめたいんだ。彼らがどんなふうに暮らしているのか、なぜ暮らしているのか、何のために暮らしているのか。要するに、私はそこに住むつもりなんだ」

*****
そしてついにイーストエンドに入ったとき、私はもう群衆の恐怖に悩まされることがないことに気づき、嬉しくなった。私は群衆の一部となったのだ。広大で悪臭を放つ海は私の上に湧き上がり、私はその中にそっと滑り込んでいった。
あのレスラーみたいなだぶだぶの作業着は格別だったのだが。。。

どん底の人々 ジャックロンドン

@minooka62

「だが、警察に会うのはいやなのさ」私は抗議した。「イーストエンドに行って、自分の目で確かめたいんだ。彼らがどんなふうに暮らしているのか、なぜ暮らしているのか、何のために暮らしているのか。要するに、私はそこに住むつもりなんだ」ジャックロンドン

♬ To Each His Dulcinea - Eliane Elias

『どん底の人々』(原題:The People of the Abyss)は、アメリカの作家ジャック・ロンドンが1903年に発表したノンフィクション作品です。この本は、ロンドンがイギリスのロンドン市内のイーストエンドにある貧困地域を調査するために、自らその地に身を置いて暮らした経験を元に書かれました。

ジャック・ロンドンは、1902年の夏に数週間、イーストエンドのどん底の人々とともに過ごし、彼らの苦難や貧困の実態を知りました。彼は自らの体験と調査を通じて、当時の英国社会の貧富の格差や、労働者階級の悲惨な状況を描いています。また、彼は貧困によって引き起こされる犯罪やアルコール依存症、家庭内暴力、劣悪な衛生状況などの問題にも言及しています。

『どん底の人々』は、当時の社会問題に対する鋭い批判とともに、貧困層の人々の人間性や尊厳を描いていることで評価されています。また、この作品は社会改革や労働運動に影響を与え、当時の読者に衝撃を与えるとともに、後世の文学や社会問題研究にも多大な影響を与えました。

なぜダイヤモンドNVセンターは許され、フェライトは許されないのか

 核心はとても単純で、

NVセンターは「孤立した1個のスピン」
フェライトは「無数のスピンが絡み合った群れ」

という違いです。
量子ビットは「孤立した存在」でないと成立しません。

以下、物理的な理由を段階的に説明します。


1. 量子ビットに必要な条件

量子ビットに必要なのは主にこの3つです。

  1. 他の自由度から孤立している

  2. 長時間コヒーレンスが保てる

  3. 外から個別に操作できる

これを満たすかどうかで、材料の運命が決まります。


2. NVセンターが「許される」理由

(1) ほぼ完全に孤立したスピン

NVセンターとは:

  • ダイヤモンド中の窒素原子

  • その隣の空孔

  • そこに閉じ込められた電子スピン

という人工的な単一量子系です。

重要なのは:

  • 周囲はダイヤモンド結晶

  • ダイヤモンドはほぼスピンを持たない原子(炭素12)

つまり:

周囲が「静かな真空」に近い環境

です。


(2) 核スピン雑音が極端に少ない

炭素の主成分は:

  • ¹²C(核スピン0)

です。

そのため:

  • 磁気雑音源がほぼ存在しない

  • 位相が乱れにくい

結果:

  • 室温でもミリ秒級のコヒーレンス
    (他方式の量子ビットは極低温が必要)


(3) 光で直接操作できる

NVセンターは特殊で:

  • レーザーでスピン状態を初期化

  • 光で状態を読み出し

  • マイクロ波で制御

が可能です。

つまり:

電極も配線もなしに量子ビットを扱える

これは工学的に非常に大きな利点です。


3. フェライトが「許されない」理由

(1) スピンが密集しすぎている

フェライトでは:

  • 鉄イオンのスピンが格子中にびっしり

  • 強い交換相互作用で結合

つまり:

「1個のスピン」など存在せず
常に「巨大なスピンの集団」として振る舞う

量子ビットの基本条件である
孤立性が成立しません。


(2) 内部から磁気ノイズが湧く

フェライト内部には:

  • 多数の電子スピン

  • 多数の核スピン

  • 格子振動(フォノン)

が存在します。

これは量子ビット視点だと:

周囲が常に騒音だらけの工事現場

のような状態です。

結果:

  • 位相が瞬時に崩壊

  • コヒーレンス時間が極短


(3) 磁性体は「量子を平均化する装置」

フェライトの本質は:

  • 多数スピンの平均化

  • 巨視的磁化

  • ヒステリシス

です。

これは言い換えると:

量子ゆらぎを消して
古典的な安定状態を作る材料

つまり目的が逆です。

材料本質的役割
NVセンター量子状態を守る
フェライト量子状態を平均化して消す

4. 物理的な核心の違い(最重要)

量子材料の設計思想の違いはここにあります。

NVセンター

  • スピン密度:極低

  • 環境自由度:極小

  • 相互作用:弱い

  • 孤立量子系

フェライト

  • スピン密度:極高

  • 環境自由度:巨大

  • 相互作用:強い

  • 集団古典系


5. 一文での本質的な違い

NVセンターは「量子を守るための結晶」
フェライトは「量子を平均化して消すための結晶」

この方向性の違いが、
「許される/許されない」を決定しています。


もしコアメモリの流れで見るなら、かなり象徴的です。

  • コアメモリ
    → 磁性体で量子ゆらぎを潰し、確実な0/1を作る装置

  • NVセンター量子ビット
    → 結晶で量子ゆらぎを守り、0と1の重ね合わせを保つ装置

つまり歴史的には:

同じ「磁気」を使いながら、
目的が180度反転している

という関係になっています。

👽マシンエルフとは何か? 幻覚中に登場する特定のシンボル。テランスマッケンナは語る

 マシンエルフ」は、特定の向精神薬を摂取した際に体験されるとされる幻覚や幻聴の中のエンティティ(存在)の非公式な呼称です。この概念は、特にテランス・マッケンナというエスノボタニスト(民族植物学研究者)兼心理薬理学者によって広められました。

テランス・マッケンナが語るマシンエルフに関する体験は、彼が摂取したDMT(ジメチルトリプタミン)という向精神薬の影響下でのものです。DMT(ジメチルトリプタミン)は、自然界の様々な植物や動物に含まれている化学物質であり、強力な幻覚作用を持つことで知られています。

マッケンナは、DMT(ジメチルトリプタミン)を摂取すると異なる「次元」や「宇宙」にアクセスでき、その中で高度な知識や技術を持った「マシンエルフ」というエンティティと出会うと述べています。これらのエンティティは、しばしば機械的な要素やエルフのような外見を持ち合わせており、非常に友好的でコミュニケーションを求めてくることが多いと言われています。

DMT(ジメチルトリプタミン)酩酊時に知覚される存在は、さまざまなサイケデリック・アートで表現されてきた。マシン・エルフという用語は、民族植物学者のテレンス・マッケンナがDMT(ジメチルトリプタミン)の「超空間」で遭遇した存在に対して作った造語であり、フラクタル・エルフや自己変容するマシン・エルフといった用語も使われている。マッケンナは1965年にバークレーでDMT(ジメチルトリプタミン)を吸引した後、初めて「マシン・エルフ」に遭遇した。彼らが遭遇した超次元空間に関する彼のその後の推測は、非常に多くのアーティストやミュージシャンにインスピレーションを与え、DMT(ジメチルトリプタミン)の実体の意味は、DMT(ジメチルトリプタミン)の超空間に関するマッケナの饒舌な説明に熱狂した、ネットワーク化された文化的アンダーグラウンドの参加者の間でかなりの議論の対象となっている。 ストラスマンは、彼のDMT研究参加者がこれらの「実体」と遭遇したという自己報告と、天使と悪魔の両方を含む古代宗教におけるḤayyot haq-Qodeshのような人物の神話的記述との間の類似性を指摘した。  ストラスマンはまた、これらの遭遇における機械化された車輪、歯車、機械に関する彼の研究参加者の描写が、ヘブライ語聖書の生きとし生けるものやオファニムとの遭遇の幻視で描写されたものと類似していることを主張し、それらが共通の神経精神薬理学的経験に由来している可能性を指摘している。
ストラスマンは、DMT(ジメチルトリプタミン)体験で遭遇する「外的実体」のうち、より肯定的なものは、ある種の天使の形態に類似していると理解されるべきであると主張している:

https://en.wikipedia.org/wiki/N,N-Dimethyltryptamine#Reported_encounters_with_external_entities

私がヘブライ語聖書本文とその預言の概念を理解する上で頼りにしている中世ユダヤの哲学者たちは、天使を神の仲介者として描いている。つまり、天使は神のためにある機能を果たしているのだ。私のDMT(ジメチルトリプタミン)研究の文脈では、ボランティアが目にする存在は天使的なもの、つまり、ボランティアの心理的・霊的発達によって決まる特定の形態に包まれたり包囲されたりして、そのボランティアに特定のメッセージや経験をもたらす、以前は目に見えなかった、実体のない霊的な力であると考えることができると思う。

ストラスマンの実験参加者はまた、主観的に昆虫やエイリアンのような生き物に似ていることがあると述べている。その結果、ストラスマンは実験参加者のこうした体験について、「霊の分子がわれわれをどこに導こうとしているのか、混乱と不安を感じた」と書いている。この時点で、私はこの研究で手に負えなくなっているのではないかと思い始めた」。

リック・ストラスマンはアメリカのニューメキシコ大学医学部精神医学臨床准教授。カリフォルニア大学サンディエゴ校で臨床精神薬理学研究のフェローシップを受けた後、ニューメキシコ大学で11年間精神医学の教授を務めた[1]。20年間の中断の後、ストラスマンは、DMTとしても知られるN,N-ジメチルトリプタミンに関する研究で、サイケデリック物質、幻覚誘発物質、またはエンテオジェニック物質を用いた人体研究に米国で初めて着手した。彼はまた、DMTに関する学術的研究とその他の実験的研究を要約し、この研究に基づく彼自身の考察と結論を盛り込んだ『DMT: The Spirit Molecule』の著者でもある。

https://en.wikipedia.org/wiki/Rick_Strassman

奇妙な生き物の幻覚については、1958年にスティーヴン・ザラが精神病患者を対象とした研究で報告しており、その中で彼は、DMT(ジメチルトリプタミン)の影響下にある被験者の一人がDMT(ジメチルトリプタミン)トリップの開始時に「奇妙な生き物、小人か何か」を体験したことを述べている。

DMT使用者が遭遇したと思われる存在に関する他の研究者は、それらを人型や動物型の「実体」または「存在」として記述しており、「小人」の記述が一般的である(人間ではないノーム、エルフ、インプなど)。ストラスマンや他の研究者は、このような幻覚の形態が、内因的に発生するDMT(ジメチルトリプタミン)によって起こる可能性のあるエイリアン誘拐や地球外生命体との遭遇体験の原因であるかもしれないと推測している。

リック・ストラスマンは、エゼキエル書のハヨトとの遭遇で記述されているガラガラ音やおしゃべりの聴覚現象の記述と類似させて、彼の研究の参加者が、疑惑の存在との遭遇を報告するとき、ある被験者が典型的に「エルフが大音量で笑ったり、話したり、おしゃべりしたり、さえずったりする」と報告したように、大音量の幻聴も記述していると指摘している。

わたしが見ていると、見よ、激しい風と大いなる雲が北から来て、その周囲に輝きがあり、たえず火を吹き出していた。その火の中に青銅のように輝くものがあった。
またその中から四つの生きものの形が出てきた。その様子はこうである。彼らは人の姿をもっていた

マッケナは長年偏頭痛に悩まされていたが、1999年5月22日、異常に激痛を伴う頭痛に悩まされるようになった。その後数ヶ月間、実験的なガンマナイフによる放射線治療を含む様々な治療を受けた。Wired誌によると、マッケナは自分の腫瘍がサイケデリック・ドラッグの使用や35年間毎日大麻を吸っていたことが原因ではないかと心配していたが、医師は因果関係はないと断言した。
1999年末、マッケナはインタビュアーのエリック・デイヴィスに、間近に迫った死に関する自分の考えをこう語っている:
私はいつも、死は恐ろしい瞬間にフリーウェイでやってくると思っていました。何カ月も何カ月も、それを見つめ、考え、人々と話し、彼らの言葉を聞く時間があるというのは、ある種の恵みだ。成長し、物事を把握し、整理する機会になるのは確かだ。白衣を着た無愛想な男に、あと4カ月で死ぬと言われただけで、間違いなく明かりが点く。... 人生を豊かで切ないものにしてくれる。初めてそうなって、診断を受けたとき、私はウィリアム・ブレイクに倣って、葉の一枚一枚から永遠の光が射しているのが見えた。つまり、一匹の虫が地面を歩いている姿に感動し、涙を流したのだ。
マッケナは2000年4月3日、53歳で死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Terence_McKenna